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奈良公園の東側に位置する、342mの山。

山が三つに折り重なっているため、「三笠山」とも言われます。

かつては、三笠山のほうが正式名称だったそう。

日露戦争で活躍した戦艦「三笠」はこの山から名づけられたそう。


奈良の夜景が見られるので、デートスポットにもなっています。

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太政官布達により明治13年(1880年)2月14日開園。大部分が国有地で、奈良県が無償で借用し管理している。

都市公園としての正式名称は「奈良県立都市公園 奈良公園」といい、総面積は502ha。


周辺の興福寺、東大寺、春日大社、奈良国立博物館、なども含めると総面積はおよそ660ha(東西約4km、南北約2km)に及ぶ。通常はこの周辺社寺を含めたエリアを奈良公園と呼ぶことが多い。


中学校の修学旅行で行きました。

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薬師寺(やくしじ)は、奈良県奈良市西ノ京町に所在する寺院であり、興福寺とともに法相宗の大本山である。南都七大寺のひとつに数えられる。


本尊は薬師如来、開基(創立者)は天武天皇である。
1998年に古都奈良の文化財の一部として、ユネスコより世界遺産に登録されている。
現・管主は安田暎胤である。

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秋篠寺(あきしのでら)は、奈良県奈良市秋篠町にある寺院。本尊は薬師如来、開基(創立者)は善珠とされている。宗派はもと法相宗、真言宗、浄土宗に属したが現在は単立である。伎芸天像と国宝の本堂で知られる。

平城京西北の外れ「秋篠」の地に建てられたためこう呼ばれている。

本堂に25体安置されている仏像の中でも特に著名なのが伎芸天(重文)で、諸技諸芸の守護神として多くの芸術家や芸能人らに慕われ、またその造形の優美な写実性は古美術愛好家の間でも広く親しまれている。

奈良市の平城京左京三条二坊宮跡庭園は、昭和59年(1984)に復元整備され、奈良時代庭園のほぼオリジナルな姿を伝えるものとして、国の特別史跡と特別名勝に指定される。


宮跡という名前がつくが、この地は正確には宮外である。
しかし、平城宮の近く(約300m)であり、北となりには長屋王邸宅が広がっていた。
ほぼオリジナルな姿って凄いなあ。

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古くから、巨石(花崗岩)で作られた玄室が露出しており、その形状から石舞台と呼ばれていた。
玄室は、長さ約7.7m、幅約3.5m、高さ約4.7m、羨道は長さ約11m、幅2.5m。
石室内部に排水施設がある。
約30の石が積まれ、その総重量は2,300tに達すると推定されている。
石は古墳のかたわらを流れる冬野川の上流約3キロ、多武峰のふもとから運ばれた。

すでにほとんどの埋葬品が盗掘にあった後であり、石棺の欠片等が発見されるに留まった。

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東大寺(とうだいじ)は、奈良県奈良市雑司町にある華厳宗大本山の仏教寺院である。
現別当(東大寺別当、住職)は219世・上野道善。

「金光明四天王護国之寺」(こんこうみょうしてんのうごこくのてら)ともいい、奈良時代(8世紀)に聖武天皇が国力を尽くして建立した寺である。
「奈良の大仏」として知られる盧舎那仏(るしゃなぶつ)を本尊とし、開山(初代別当)は良弁僧正(ろうべんそうじょう)である。

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世界遺産。奈良県生駒郡斑鳩町所在の法隆寺および法起寺の建造物の総称である。

法隆寺をはじめとするこの地域の仏教建築物は聖徳太子と縁が深く、中国の六朝時代の建築の影響を多大に受けている。
特に、法隆寺の西院伽藍は、建築年代に諸説あるが世界最古の木造建築として国際的にも著名である。
確かに形が中国っぽいかもしれないです。